2013年11月01日

まちを表すフレーズ

浦河町
 「丘と海のまきば」
 「サラブレッド観光と乗馬のまち」
様似町
 「アポイの樹風(こかぜ)呼ぶまち」
えりも町
 「海と大地のふるさと」

こうした言葉は、地域のイメージ、まちづくりの方向性を示すものとして、
多くの市町村にあります。
以前、北海道が「試される大地」というのを選定しましたが、
多少、反対もある程度のほうが話題になります。
挑戦する意欲というより、もの悲しさを引きずってしまう感もありますが。

ともあれ、こうした表現は、ある程度、
そのまちのことを知っている、自分なりの印象がないと、
いきいきと伝わるには難しいです。

こうしたフレーズとは異なりますが、まちの表現で印象的だったのは、
世界的都市に対する言葉ですが、
ジャーナリストの田原総一朗氏がデヴィ夫人の言葉として紹介していた
「ニューヨークは戦いの場でときどき行くのはいいけれど長くいると疲れる。
パリは死んだ街だから長くいると退屈する。」
刺激的な表現ですが、ニューヨークもパリも存在感が強いので、
どんな言葉で表現されても人を引き付けます。

この表現にならって、同じように自分の知っているまちを
「何とかだから、長くいると、こうなる」と表現できないかと、
考えたのですが、うまくフレーズになりません。

こんなことを考えていると、この地域にも刺激的な表現があることを思い出しました。

「えりもの春は何もない春です」

この詞に曲をつけたのは吉田拓郎。
高校時代の友人に吉田拓郎の信奉者がいて、伝説のつま恋での「人間なんて」と、
吉田拓郎の才能をギター片手に延々と聞かされた思い出がありますが、
その者曰く、襟裳岬はフォークソングだと言われたのですが、
音楽センスのない身にとっては、森進一の世界にしか思えませんでした。
ご当地ソングは、いろんなところにあるものの、
その地に立ってメロディが頭の中で流れることは、まずありませんが、
襟裳岬に立つと、このメロディとこの詞が、必ず過ぎります。

襟裳岬にある「風の館」。修学旅行生には無料で入館サービス。
時間の合間に、ここに生徒を連れてきている受入家庭もあります。
生徒たちが「襟裳岬」の歌を知っているとは思えませんが、
襟裳岬の名前と風の強さは刻まれたでしょうか。
ここに来た生徒たちが襟裳岬を思い出すときは、
「襟裳岬」の詞でもメロディでもなく、ここでの体験を思い出すのでしょうね。

(スタッフH)

襟裳岬突端付近から見た風の館、灯台
DSC00950.JPG







posted by 日高王国 at 11:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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